みんなの声

函館に魅せられ、自分の経験を活かす。
函館に根差した出版物の制作で地域に貢献する。

大西 剛(おおにし・つよし)さん

学生時代から北海道を何度も旅し、特に函館は歴史的にも興味を惹かれる魅力的な街だった。この地に根ざした出版活動に取り組むため50歳で移住を決断。地元の人々とのネットワークを拡げながら、電子書籍やCDも含めさまざまな制作物を世に出している。

大西 剛(おおにし・つよし)さん

1959年6月大阪生まれ。函館への定住は2011年から。同年に自身が代表を務める出版社〈新函館ライブラリ〉を立ち上げ、地元に根差した出版活動を行っている。

  1. 函館に魅力を感じたきっかけはどういうものでしたか?

    目に見える歴史に魅力を感じました。

    学生時代から北海道には何度も来ていました。夏にも冬にも一周旅行をしたくらい北海道好きだったんです。道内各地に足を踏み入れましたが、その頃から函館には一目置いていました。道内では歴史がある街ですが、それでもたかだか150年くらいです。歴史的な出来事に関わった人の子孫が身近なところにいたりするのは、すごいことだと思います。
     僕の育った京都だと冗談交じりですが、「このあいだの戦争」というと応仁の乱のことだったりして、桁が違う感じです。「自分の目に見える歴史」があるのが函館のおもしろさで、そんなところにも魅力を感じます。

  2. 移住に至るまでの流れを教えてください。

    京都と函館を行き来しながら
    家を建てる場所探し。

    2008年に縁あって4年ぶりに函館を訪れ、そこから毎月来るようになりました。2009年には住民票をこちらに移して函館市民になりました。でもまだ定住はしていなくて、京都と函館との行き来をしばらく繰り返していました。落ち着いて住み始めたのは2011年9月です。繁華街の十字街に近い豊川町にまずアパートを借りました。並行して京都のマンションを処分し、家を建てる場所を探しました。しかし、十字街近辺ではなかなかいい土地が見つからなかったのです。そうこうするうちに見つけたのが弁天町の物件で、第1希望ではなかったけれどまずまず満足のいく土地で、そこで仕事場兼住宅の一戸建てを新築することとなりました。
     僕が育った場所は大阪の新興住宅地で、生まれ育った場所への愛着は特にありませんでした。50歳での移住は、いい区切りになったと思ってます。知らない場所に根を下ろして新しいことを始めるすがすがしさがいいですね。

  3. 現在お住まいの場所の感想を教えてください。

    歴史ある建物も多く、
    個性的な飲み屋も。

    新居を建てた弁天町は、函館で最も早い時期に船着き場ができた地域だそうで、いわば函館発祥の地です。明治時代に創業した造船所〈函館どつく〉にも近く、昔はそこで働く人が街にも大勢繰り出していたらしいです。今は住人がだいぶ減っているようですが、歴史ある建物がけっこう残っていて情緒ある街並みです。住宅地の中の目抜き通りが〈大黒通り〉という道で、ここには市場だとか大衆食堂、電気屋といった個人商店もあります。函館市民でもこのあたりには馴染みがない人が多く、こっちに来てから知り合った人に弁天を案内してほしいとよく言われます。なかなか個性的な飲み屋もあって楽しいです。

  4. 函館での暮らしや地域の人とのつながりはいかがですか?

    のんびりし過ぎてしまうくらい
    快適な住環境ですよ。

    今は母親と2人暮らしです。母は函館でひと冬をまず過ごしてみて、問題なく暮らせるかを確認してから引越を決めました。函館の住環境はいいと思います。のんびりし過ぎてしまうくらい……。中規模の都市ということで生活や仕事に必要なものがほどよい密度で集まっていて、適度にモノがある。インターネットもあるし不便は特に感じていません。
     人との付き合いでいうと、移住者の交流会みたいな集まりがあって、すでにリタイヤされている様々な業種の方との飲み会などはよくあります。集まる人のなかにも共通の知人がたくさんいて人間関係はけっこう濃いですが、楽しくやっています。

  5. これまでの仕事の経歴について教えてください

    出版を軸にさまざまな技術を身に付けてきました。

    大学を出てからは政治・経済には関わらず、社会のメインストリームからは外れたところで仕事をしていきたいと思っていました。いわゆる企業戦士みたいな人とは別世界で……。モノを作る、書くのが好きでコピーライター、商業出版などいろいろな分野に関わってきましたが、出版の世界にいるという点では一貫しています。本来はモノ書きでしたが、仕事をしながらデザイナーやカメラマンとの関わりができ、そうした技術も身に付けてきて、今の仕事に役立っています。あと、学生時代から音楽をやっていて、今は自社で販売する電子書籍に入れるBGMの楽曲制作も自分で行っていますので、コンピューターで仕事をすることが多いです

  6. 今の仕事ではどのようことをしているのですか?

    街の新しい魅力発見につながる
    異色のガイドブックを提案。

    自分の出版社〈新函館ライブラリ〉からこれまでに印刷媒体の書籍を7点ほど出しています。会社立ち上げの翌年、2012年に出したのは〈新函館写真紀行〉と題した写真とエッセイの本で、大部分の写真を古い二眼レフカメラで撮っています。2016年には〈来たくなったら自分で探そう 超不親切 移住者による函館ガイド〉を発刊しました。これはタイトルどおり、掲載された写真の名称や場所の説明が一切ないという異色のガイドブックです。便利な情報誌が氾濫するなかで、あえて自分の足で街を歩いて、いろんなものを発見する喜びを感じてほしいという意図が込められています。

  7. 函館における出版という仕事にはどんな可能性を感じていますか?

    地方から全国に発信できる
    ネットを活用した電子書籍。

    こうした印刷媒体の書籍のほか、電子書籍も計40点ほど手掛けてきました。函館在住の木版画家・佐藤国男さんはこちらで知り合った多くの人のなかでも、最も出会えて良かったと思える人ですね。佐藤さんが宮沢賢治の童話をモチーフにして作った作品を、電子書籍としていくつか出しています。こうした地方にある才能を全国に発信するという点で、電子書籍には大きな可能性があると思います。大手の出版社を通さなくても、僕のように地方にいる小さな事業者からネットを介して、多くの人に届けられるわけです。そういう点で函館が先進地となり、「電子書籍のまち・函館」となったらいいですね。

  8. 仕事を通じた今後の生き方について教えてください。

    やりたいことはまだまだ多い。
    地域に貢献しながら一生続くモノ。

    これから先、60歳になって定年なんてことは、もちろんありません。年金に頼って暮らせるわけではないので、地域に貢献しながら続けられる仕事や活動があるのはいいことです。やりたい企画はいろいろあり、まだまだ道半ば。一生、生き甲斐とともにあるのだと思っています。

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